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モンテッソーリというのはこの保育を発案したイタリアの女性の名前です。フルネームはマリア・モンテッソーリといいます。
彼女は1870年に生まれました。
彼女は14歳で数学に興味を持ち男子の工業高校に入学しました。やがて医学を志したいと思うようになりましたが当時それは全く不可能なことでした。女性が医者になるなど全く考えられない時代だったのです。けれども強い不屈の精神で困難を乗り越えてイタリア初の医学博士になりました。
医者として精神薄弱児の子どもの施設に行った時に、何もない空の部屋にとじこめられている子どもたちがいました。そこで管理をしている女性が「子どもたちが食事を終えた後にパン屑を拾う」といってさげすむのを聞いた時モンテッソーリは子ども達が食物よりも次元の高い別なものを求めているのだと直感し、障害児の教育に取り組みました。それまでの学問を学ぶと共に自ら1日中子どもたちと過ごし観察し、ノートをとりデーターを比較検討し、1つの指導法を確立しました。この指導法のもとで知能の低い子どもが見違えるほどの発達をし、普通の児童と一緒に公の試験を受けかなり良い成績をしめすほどになりました。このことに多くの人が賛辞を送りました。モンテッソーリは知能の低い子どもたちに試みた方法で普通児を指導すれば目を見張るほどに子どもの個性を開放できるだろうと確信するにいたりました。そしてこの確信を実証する為に普通の子どもたちを教育することができないかと考えていました。
ついにそのチャンスがやってきました。ローマのスラム街の子どもたちに教育をしてほしいという要請がありました。引き受けたものの、モンテッソーリはその時大学や女子師範の講師をしローマの病院や診療所で診察していたので、自分が直接携わることができず門番の娘に委ねました。そして彼女達に「子ども達に教材の使い方が正確に示せるようにその使い方だけを教えました。」「子どもたちといえばおびえた様子で無表情であり目はうろたえたように見開かれ
−中略− 栄養失調のような状態でした。」しばらくすると門番の娘が度々子どもたちが変わったと報告してきました。実際にモンテッソーリが行ってみると子ども達は驚くほどに変化していました。このことがこの教育のきっかけになりました。
「モンテッソーリが発見したのは、われわれ大人が、子どもの特質として考えているより遥かに質の高い異質なものを子どもが持っているということでした。」つづく
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